解説はどこも「まず試算を」と言います。
でも、その前に見るべきものがあります。特に、社長だけ先に代わっている会社は。
非上場株式、つまり社長が持っている自社株の相続税評価のルールが、大きく変わろうとしています。いまのルールの原型が定められたのは1964年(昭和39年)。その後も改正は重ねられてきましたが、今回の規模区分の廃止と残余利益方式への転換は、これまでの部分的な手直しとは性質が違います。
社長と話していて、この話題が出るようになりました。ネットの解説を一通り読むと、着地はだいたい3つに揃います。「まず自社株を試算しましょう」「現行ルールのうちに動くのも選択肢です」「納税資金を早めに準備しましょう」。3つとも正しいと思います。否定しません。ただ、そのまま受け取っても動けません。試算をどこまでやるのか。何を理由に動くのか。準備をどの順番でやるのか。そこが抜けているからです。
国税庁は2026年4月から「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開いており、9月までに6回の会合が行われています。
きっかけは2024年11月の会計検査院の指摘でした。相続税・贈与税の申告から1,600件を抽出して調べたところ、会社の規模が大きいほど株価が相対的に低く算定されているという傾向がみられる、と指摘されました。
いま示されている国税庁のたたき台は、大きく2つです。
ひとつは、会社の規模で評価方法を分けるのをやめること。いまは大会社・中会社・小会社で計算方法が違い、その差を使って評価額を下げられる点が、会計検査院の指摘でも取り上げられました。これを共通の方式にまとめる方向です。
もうひとつが、「残余利益方式」という新しい計算に寄せること。会社の簿価純資産に、将来の稼ぐ力を上乗せして評価する考え方です。第6回会合では、加算期間5年・還元率8%と仮定した試算が示されました。対象は1,378社です。
その試算では、現行より高く出る会社もあれば、低く出る会社もあるという結果が示されています。会社の規模や利益の出方によって、向きが変わるのです。
適用の時期は示されていません。ネット上には特定の年を挙げる解説も見られますが、当社が確認した限り、国税庁の公表資料に記載はありません。内容そのものも確定ではなく、中小企業の承継を妨げないよう求める指摘も出ています。
会社ごとに向きが違う以上、「改正=値上がり」ではありません。そこを見ないまま「改正前に動け」と言われても、何をすればいいのかは決まりません。ここからが本題です。
ここは乗ります。試算しないと何も決まりません。
ただ、精密にやろうとして止まってしまう会社が多い。決算書を揃えて、類似業種の株価を引いて、斟酌率を当てて、特定会社に当たらないかを確認して……とやっていると、それだけで数週間かかります。決算期と重なれば、税理士の手はどうしても空きません。そこで半年が過ぎます。
そして半年後、出てきた精密な数字を見て、社長は何を決めるでしょうか。実のところ、決めることは精密な数字を見る前から決まっていることが多い。
社長が決めるのに必要な情報は、そこまで多くありません。上がるのか。下がるのか。ほとんど変わらないのか。動くならだいたいどのくらいか。これが分かれば、急ぐ会社なのか、落ち着いて構えていい会社なのかは判断できます。1億円が1億2,000万円になるのか、3億円になるのか。この幅が分かれば、打つ手はまるで違います。
純資産と利益の大きさが分かれば、社長自身にもおおよその見当がつきます。ざっくりの方向性も、精密な評価額も、計算そのものは顧問税理士に出してもらうのが早い。私たちの仕事は、出てきた数字を承継の設計にどう使うかを、社長が決められる状態にすることです。
順番が逆になっているために、決められないまま時間だけが過ぎているのが、いま一番多い型です。
ざっくりで足りる。精密な評価額は、動くと決めた後で。計算はいずれも顧問税理士へ。
タイミングが合うなら、やるべきです。そこも否定しません。
問題は、「改正前だから」が目的になってしまうことです。株を移す理由は、本来は会社ごとに違います。後継者が決まっていて経営を任せたいのか。いずれ第三者への売却も視野に入れているのか。先代の老後の資金をどう確保するのか。目的が違えば、移す時期も、移す量も、移し方も変わります。
そしてもう一つ、実務ではこちらのほうが多い。株より先に、社長が代わっている会社です。
息子さんが社長になった。登記も変えた。名刺も刷り直した。銀行にも挨拶に回った。ただ、株は先代が持ったまま。親子の承継では、これが本当によくあります。
この状態がどうなっているか。日々の業務執行は新社長が担います。社員も取引先も新社長を見ています。一方で、取締役を選び、解く権限や、定款変更といった会社の土台に関わる決定は、株主総会の決議事項です。つまり、執行を担う人と、その執行者を選ぶ権限を持つ人が、別々になっている状態です。
普段は問題になりません。親子ですから、話せば済みます。問題が出るのは、話せなくなったときです。
先代が判断できなくなると、株主総会の決議が必要となる役員の改選や組織再編が進まなくなります。相続が起きた場合はさらに面倒です。相続人が複数いれば、遺産分割が終わるまで株式は共有状態になり、原則として、権利を行使する人を決めて会社に通知しない限り、その株では議決権を行使できません(会社が同意した場合を除きます)。加えて、先代の個人保証や先代名義の担保が絡んでいれば、金融機関との調整も必要になります。
「改正前に株を動かそう」という話も、この状態のままでは決まりません。何をどう動かすかは、いま誰が何を決めているかを整理してからでないと出てこないからです。
駆け込みは善でも悪でもない。先に目的、その次にタイミング。そしてその目的も、いまの指揮系統を見てからでないと決まりません。
株を動かす前に、いま誰が決めているのかを見る。社長を譲って株が残っているなら、そこが先。
ここも乗ります。評価が上がる方向なら、必要になる現金も増えます。
ただ、順番があります。まず「払えるかどうか」の目処を立てること。ここが先です。
目処が立っていない状態で、贈与の話や持株会社の話を始めても、社長は決められません。頭のどこかで「で、その税金は誰がどう払うんだ」が引っかかっているからです。逆に、払う目処さえ立っていれば、その先の話は落ち着いて進みます。不安を抱えたままでは、まともな判断はできません。
手段はいくつかあります。会社に現金を残しておく、生命保険を使う、役員退職金で個人に移す、金融機関から借りる。どれが合うかは、会社の利益の出方と社長個人の資産の形によって変わります。ここは会社ごとに違うので、一般論では決められません。
そして、納税と同じ重さで見るものがもう一つあります。分けられるかどうかです。
承継のために株を後継者に集めると、そのぶん他のお子さんに渡すものが減ります。会社の資産の大半が自社株という会社では、これが起きやすい。納税資金は用意できたのに、分け方で折り合いがつかず、話が止まる。払えるかどうかと、分けられるかどうかは、別の問題です。
しかも、評価額が上がる会社では、後継者に集まる財産の額も上がります。他のきょうだいから見れば、差が広がって見える。改正は、納税の話であると同時に、分け方の話でもあります。
ここは税金の計算ではなく、家族の話です。具体的な分け方や遺留分の扱いは、弁護士や税理士と詰めることになります。ただ、詰める前に「誰に何を渡すつもりか」を社長自身が言葉にしておかないと、専門家も動けません。
払えるかどうかと、分けられるかどうかは、別の問題。両方を並べて見る。
ここまでを順番に並べます。
1.まず、払える目処を立てる。納税資金の不安を先に消す。ここが立たないと、社長は何も決められません。
2.次に、分けられるかを見る。誰に何を渡すつもりか。株を集めた分、他に何を回せるか。
3.そして、家族全体でどう置くかを決める。会社の株、社長個人の金融資産、不動産、奥様やお子様の資産。これを別々に考えているうちは、どこかで無理が出ます。
4.贈与は、いちばん最後。
贈与が最後なのは、優先度が低いからではありません。分け方の形が決まらないうちに渡してしまうと、後から動かせなくなるからです。
渡した株を戻すのは、渡すより何倍も大変です。買い戻すなら資金が要る。贈与し直せば税金がかかる。そして何より、一度「お前にやる」と言ったものを取り上げる話を、家族の中でするのは重い。
「改正前に贈与を」と急かされる局面ですが、贈与は承継の入口ではなく、出口に近いところにあります。順番を飛ばして先に渡すと、1から3が全部やりにくくなる。逆に、1から3が決まっていれば、贈与は「決めたことを実行する作業」になります。
この1から3、とくに家族全体でどう置くかという話は、事業承継を熊本でという記事で詳しく書いています。手続きの段取りではなく、何を残したいかから設計する話です。
株は、渡す前なら考え直せる。渡した後に残るのは、話し合いだけ。
ここまで書いてきたことは、全部「順番」の話です。何が正解かは書いていません。
株を今すぐ動かすべき会社もあれば、10年動かさないほうがいい会社もあります。後継者に集中させるべき会社もあれば、分散させたまま議決権だけ整える会社もあります。それを決めるのは社長であって、私たちでも、税理士でも、銀行でもありません。
私たちがやるのは、決められる状態をつくることです。会社の数字、社長個人の数字、家族の状況。これを一枚に並べて、数字の上での選択肢と、その数字がどう動くかを見えるようにする。そこから先は、社長が決める話です。
今回の自社株評価の見直しは、細かい税金の話に見えて、承継の設計そのものに関わります。整理するとこうなります。
・試算はざっくりでいい。上がるか、下がるか、変わらないか。それが分かれば動ける。計算そのものは顧問税理士へ。
・動く理由は「改正前だから」ではない。社長を譲って株が残っているなら、そこが先。
・納税と同じ重さで、分けられるかを見る。払えることと、揉めないことは別。
・贈与はいちばん最後。渡したものは戻せない。
税金の計算だけでなく、会社のお金、社長個人のお金、承継した後の家族のお金をまとめて見て、はじめて「どこまでやるべきか」が見えてきます。
改正前に、株を贈与しておいたほうがいいですか?
目的が決まっているなら、検討する価値はあります。ただ「改正前だから」だけを理由に動くのはおすすめしません。株を渡すと、後継者の立場も、他のご家族の取り分も、先代の老後の資金も同時に変わります。渡した株を戻すのは、渡すより何倍も大変です。まず何のために渡すのかを決めて、それからタイミングを考える順番をおすすめします。なお、個別の税務判断は顧問税理士にご確認ください。
自社株の評価額は、どうやって調べればいいですか?
計算そのものは顧問税理士にお願いするのが確実です。相続税の申告実績がある税理士なら、決算書があれば出してもらえます。急ぐ場合でも、まずは「上がる方向か、下がる方向か、ほとんど変わらないか」という大枠が分かれば、判断は進みます。精密な数字は、動くと決めてからで間に合うことがほとんどです。
社長は息子に譲りましたが、株はまだ私が持っています。急ぐべきでしょうか?
親子の承継では、いちばんよくある状態です。日々の業務執行は新社長が担う一方で、取締役を選び解く権限や、定款変更といった決定は株主総会の決議事項です。つまり、執行する人と、その執行者を選ぶ権限を持つ人が別々になっています。普段は話し合いで済みますが、先代が判断できなくなると役員の改選などが進まなくなり、相続が起きると、相続人が複数いれば、遺産分割が終わるまで株式は共有状態になり、原則として、権利を行使する人を決めて会社に通知しない限りその株では議決権を行使できません(会社が同意した場合を除きます)。改正の話とは別に、一度整理しておく価値のある状態です。
納税資金は、どのくらい用意すればいいですか?
必要額は評価額と相続人の構成で変わるため、まず概算の税額を顧問税理士に出してもらうのが先です。手段はいくつかあり、どれが合うかは会社ごとに違います。会社に現金を残す、生命保険を使う、役員退職金で個人に移す、金融機関から借りる、といった選択肢があります。あわせて、納税ができても分け方で折り合いがつかなければ話が止まりますので、分けられるかどうかも同時に見ておくことをおすすめします。
いきなり「贈与しましょう」「評価を下げましょう」とは言いません。まず、いま誰が何株持っているのか。相続税を何から払うのか。株を集めたぶん、他のご家族に何を回せるのか。その順番を一緒に開くところから始めます。株式評価の計算そのものは、顧問税理士が行います。ご相談は、熊本・福岡・佐賀へ私たちがお伺いする訪問を基本に、オンラインでも承っています。
相談してみる(お問い合わせ)CFVALUEコンサルタント株式会社|熊本市西区新土河原1-6-38
本記事は2026年9月時点の公表資料に基づきます。改正内容は審議中の案であり、今後変更される可能性があります。記載は制度の解説であり、個別の税務判断は顧問税理士等に、分割・遺留分に関する判断、および株主総会の決議や議決権の行使に関する個別の判断は弁護士等にご確認ください。